和久傳の想い

和久傳ものがたり

和久傳ものがたり

はじまりは丹後峰山の町

明治3年、丹後峰山町で和久屋傳衛門が始めた旅館。それが、今日の和久傳のはじまりであり、名前の由来です。同地方は江戸時代から丹後縮緬(ちりめん)で栄え、和久傳は京都などから訪れる商人たちの宿や、会合などの場として用いられ、峰山が誇る老舗旅館として百年以上も続きました。やがて、縮緬産業の陰りに伴い、町中の旅館から山の麓へと移転。敷地3千坪に客室七部屋という贅沢な旅館へとリニューアル。今日の観光ブームとは無縁の頃の話です。

京都東山、高台寺の門前にて

京都市内、秀吉の北の政所「於寧(おね)」ゆかりの高台寺近く、現在の「高台寺和久傳」に移転したのは昭和57年のことです。元は日本舞踊の尾上流の家元の住まいで当時は旅館として使われていました。その建物は、数寄屋建築の名工として知られる中村外ニ氏によって昭和20年に建てられた名建築であり、何とぞ譲渡…をとの思いが通じて「和久傳」は、この地で新たな産声を上げます。京料理の老舗が活況を呈する京都市内でのゼロからのスタートです。

野趣と文化、それが和久傳の味

懐石料理が全盛の京都で、丹後で百年以上培った和久傳の名に恥じない味をつくることは並大抵のことではありませんでした。そこで、和久傳は時代の流れに注目します。日本海に面した港に揚がった魚や山で採れた旬の食材も陸送で数時間で京都に着く。たとえば、峰山の名物だった囲炉裏の蟹焼きなど、季節の素材の味を生かした味わいで細工を凝らした京懐石とは一線を画する。こうして「野趣と文化」という今日の和久傳の個性的な味が生まれました。

おもたせのお店「紫野和久傳」

「不易流行」。この言葉は今日の和久傳の歩みの一つの方針で、本質を変えることなく時代に応じて業態を進化させるということです。和久傳はこの考え方に基づき、料亭の味を「おもたせ」としてお持ち帰りしていただくお店「紫野和久傳」をスタートしました。料亭の本格的な味をそのままご家庭で召し上がっていただく。その発想は食の多様化が進む時代とマッチして人気を博し、現在では東京や名古屋など有名デパートにも店舗を出店しています。

故郷、峰山でふたたび

料亭、おもたせのお店の次に取り組んだのが、和久傳の発祥の地である丹後でのプロジェクト、故郷への恩返しの意味を込めた地域活性事業です。冬の蟹料理などで人気のある丹後久美浜町に、おもたせなど物販商品の工房をつくり、ここから京都市内をはじめ全国へと商品を発送。また地域の旬の食材へのこだわりから、丹後の地でお米、野菜や果物などの栽培もはじめました。丹後の人々に愛された和久傳。その名前を、いまふたたび地域によみがえらせました。

人を愛する企業

「儲け」を優先する今日のビジネス社会は、人の生活という視点で数多くの問題も生み出してきました。そこで私たち紫野和久傳は、食の事業とは別に子どもたちのために「論語塾」を設け、人を育てる活動をはじめました。道徳をもった人、道徳をもった商いや活動が、地域を発展させ、国を支えていくという考えがその原点です。現在、和久傳は多くのお店を展開するに至りましたが、それを支えるのはあくまでも人。人を愛するという不変の発想で私たちは未来をみつめます。

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