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プレイリー・スチュアート・ウルフ

魚をいちばんに考える 魚をいちばんに考える

魚をいちばんに考える

ぱたぱたと身を打ち付ける鯛が、広げられた腕に向かってすーっと競り台の上の海水を横切ってくる。競売人が手鉤を打ち、一瞬で取引が成立する。なめらかなひとかきで、魚は新鮮な海水の入った生け簀に戻される。

なぜそうするのかと尋ねれば、きっと「魚が旨いから」という答えが返ってくる。ここで人間がやることはすべて、近海に棲む気高い魚たちに歩み寄ろうとしているにすぎない。岸から少し離れた防波堤の先では、素晴らしい生態系がきらきら輝く魚たちの群れを支えている。播磨灘の浅場の砂地の海は魚たちにとって理想的な産卵場だ。明石と淡路島の狭い隙間を抜けてくる潮の流れが撹拌する豊富なプランクトンが常に供給され、たくさんの群れが他では見られないほど丸々とたくましく育つ。明石の漁師たちはまず最短距離で網を出し、傷をつけないようににすばやく網を上げて魚を引き上げる。道具やエンジンは消耗し、それは経済的負担になるが、魚の状態が第一だ。捕獲された魚は貯蔵タンクに入れられて岸へ戻る。

岸にあがると漁師たちは獲物を船の貯蔵タンクから容器に移し、新鮮な海水が常に循環している水槽に入れる。美食家が、尽きることのない無限の水槽を夢想したら、こんなふうかもしれな い。海を背景にして、水槽の水面は雨が打ち付けているように泡立っている。この港が明石浦。日本で最も進んだ考え方をしている漁業がここにある。
 
競りが終わると、漁師たちは海に戻る用意を整え、仲買人は買い付けたものを出荷する準備をする。最高級の魚が、京都、神戸、大阪という美食の中心のすぐ近くにあるのだ。海から料理人ま で滞りなく届ける仕組みによって、他とは比べものにならない品質の魚が、この国の最も優れた厨房に確実に入る。水面下に、ふたつの紅い三日月型がきらきら光っているのが見えた。そのうちのひとつに手を伸ばしてみる。鯛は思いがけずおとなしく、私の手に押されるままになる。手を背に沿って這わせると、尖った背びれが手のひらをくすぐる。これはほんとうに胴回りの肉付きのいい魚で、頭から尾まで、ふっくらと、そしてしっかりとしている。
 
明石浦は、漁師と職員とが、自らが依存する天然資源を何よりも第一義に考える独自の戦略を立てて成功している驚くべき協同組合だ。その清新な取り組みは、いまの世の中に切実に必要とされているひとつのモデルを提供している。物事を否定的に考える人ならきっと「そんなことは不可能だ」と言いいそうなことを、明石のブランドは「できる」と証明しているのだ。

筆者紹介

プレイリー・スチュアート・ウルフ

料理が大好きな、文筆家、写真家。2007年に来日し、すぐに日本の食文化の深さと美しさに気づく。日本の食の素材、考え方、そして実践を生活の中で見つめるブログ「Cultivated Days(日々を耕す)」を記し続けている。

https://cultivateddays.co