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プレイリー・スチュアート・ウルフ

心、からだ、人間であること 心、からだ、人間であること

心、からだ、人間であること

ほんの数世代前まで、カツオを硬く乾燥させた鰹節はどこの台所にも必ずある大切なものだった。カンナの刃でそれを削り、ふわふわしたピンク色の削り節を一山をつくるのは子供の仕事で、母親がそれを使ってその日の出汁をひいた。
出汁は干した魚、昆布、時には椎茸などからとる旨味たっぷりのスープストックで、日本の料理の基盤にあるものだ。しかしいまや家で削られた 鰹節は珍しいものになってしまった。福岡の林久右衛門商店の五代目店主、林剛一郎は、時間がお金に換算される時代にあって、これから先、家で鰹節を削る生活に戻る人はごく少ないと理解している。だから純粋な出汁の原料を維持し、生産し、啓蒙するためには、時代が求める利便性を提供してもいいと思っている。「今の時代に合っているということから言えば、インスタントはOKなんですけどね」と彼は言う。「ただ世の中に出回っているインスタントには化学調味料だとか保存料だとかが入っているから、ま、気をつけてほしい。インスタントでも、ちゃんと正しくつくったインスタント、きちんと真面目につくったものを選んでほしい」彼の会社は、家庭用と業務用の出汁パックの、より健康にいい選択肢を届けている。

零度よりもほんの少し高く設定された部屋で、鹿児島のカツオと鯖、長崎の鰯の箱が天井まで高く積まれている。和久傳の料理長の松本は初めてこの倉庫に入り、素材に聞かせるためにモーツアルトが流れているのを耳にした時に「スピリチュアルな感じ」がしたと言う。ワインの世界で行われている例からインスピレーションを得て、林はその地域で取れた良質の素材を熟成させる過程でクラシック音楽をエンドレスでかけている。「暗い部屋に置いておくだけよりも、音楽を鳴らしてやる。気にかけて大切にしてやるとその気持ちが伝わると思うんですよ。そして状態が良くなるんです」
 
林の作業場も音楽を奏でている。鰹節は蒸され、削られ、ピンク色の削り節は包装されるか、出汁の商品に加えられる。「ほんとうのものの味を、日本人が忘れてしもうてます」それは世界中で言われている話だ。時間がないことを理由に、家庭で毎日一から料理をつくるという時代は終わりを迎えた。「今はちっちゃいときからインスタントの、化学調味料や人口的なものが普通に入ってるものばかりを食べている」子供の頃からの味の記憶は人に一生ついてまわる。生の材料に取って代わった様々な加工された代替品が、世代の味覚を大きく変えてしまった。この流れを変えるために、林はアメリカのアリス・ウォーターズのように、自分の子供たちの世代に期待する。彼らが純粋な出汁の味がわかるようになれば、大人になってもより健康にいい選択ができるようになるだろう。そのために食育のイベントに頻繁に参加し、本当の素材でつくった出汁や鰹節の味を子供たちに紹介している。「いい素材で健康にいい出汁をつくる仕事は、ただ商売だけじゃなくて、やっぱり社会的締めというか。そういうほんとうに大切なことをどうやって伝えていくか な、というのはいつも思ってる」

今のところ彼のビジネスは、健康にいい素材をどれだけ便利に届けられるかという挑戦だ。「私はこの仕事が大好き。毎日食べる食べ物は、人間のからだをつくっている薬です。食品はいちばん自然なビタミンの素。からだにいい素材を仕事としているということが、まずありがたいことだて」経営者としては、時代の要請を取り入れるように努力する。しかし究極的には便利であることに向かう傾向はより大きな病の兆候ではないかと考える。「日本はとくにみな忙しすぎる。そういうライフスタイルを変えていかないと。時間を意識して、手間暇をかけて、美味しいもの、からだにいいものをつくる。そういう時間の大切さを一回思い出さなければいけないと思う」

筆者紹介

プレイリー・スチュアート・ウルフ

料理が大好きな、文筆家、写真家。2007年に来日し、すぐに日本の食文化の深さと美しさに気づく。日本の食の素材、考え方、そして実践を生活の中で見つめるブログ「Cultivated Days(日々を耕す)」を記し続けている。

https://cultivateddays.co