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プレイリー・スチュアート・ウルフ

育てる、そして探し当てる 育てる、そして探し当てる

育てる、そして探し当てる

林の中は風通しが良く、明るい。4月後半の光が、孟宗竹の堂々とした稈を抜けて差し込んでくる。橋田聡司は、ゆっくりと歩きながら、地面を注視している。わずかな盛り上がりや割れ目を見落とさないように、入念に見ていく。それは地表の僅か下に、頭を出さんとする筍がある印だ。
収穫のタイミングですべてが決まる。若い筍の先端は日光に触れた瞬間に光合成を始め、硬さと渋みが出て、味も価値も落ちてしまう。膝をつき、乾いた落ち葉を数枚どけて、鍬でそっと土をどける。筍の形は自然なカーブを描いていて、水牛のツノのように先が細く、根元は太い。長い独特の鍬で根元を突き、引き上げる。筍は前に傾き、離れる。すばらしい象牙色の肉が、藁色の皮に包まれている。こんなに大きく、色が浅く、柔らかいものは稀だ。満足のいく収穫を披露できて、聡司は思わずニヤッと笑った。一本の竹の、空に向かって伸びる先を見上げながら優しく揺すると、秋の前兆のような黄色い葉が数枚、はらはらと落ちて来る。一声、雉が鳴く。ヒタキが歌う。「葉っぱが 落ちるでしょう。葉っぱが落ちると、もう筍はおわりかな、という時期」と彼は言う。
 
大きく、力強く、そして目覚ましい早さで成長する筍は、春のエネルギーの象徴だ。気温が上がり、桜が咲く頃、一気に出てくる。かすかな甘みがあり、柔らかく、豊かに肉厚。 この季節、日本中のメニューに登場する筍は、それだけ人気のある、特別な食材だ。似たもののない独特な野菜。林で自生させるために、人の手によって様々な工夫がなされ、自然環境が整えられて、より洗練された収穫を可能にしている。

聡司の父、橋田正一は力強く寡黙な家長だ。収穫と収穫の間には、彼が土の世話をする。 土の状態が味を決める。太くて肌が白い「白子」として知られる筍が、最も味がよく、高い値がつく。それを育てるために最良の土をつくらなければならない。斜面にある彼の竹林は、もともと筍に最適な粘土質の土が豊富だが、筍の地下茎は浅く走る。土に十分な上層を作り、筍が地中で大きく育つようにすることがいちばん大切だ。毎年秋には藁を敷き、周囲から集めた土をかける。竹林は広く、作業は重労働だ。義兄の支えがなければ決してここまで来れなかった、と正一は言う。結果が現れるのには時間がかかる。辛抱と硬い意志、そして10年20年の時間をかけて、筍に良い寝床をつくる。
 
夫と息子が休みなく筍を掘る期間、橋田夫人は義姉と義娘といっしょに道端の売り場にたつ。それは夫人の義母が何年も前にちょっとした気まぐれで始めたことだ。「筍の商売は、このおばあさんから始まりました。縁台に筍をちょっと置いてみようかと言うて。通る人が買うてくれるかな、と思って」近所の人たちも、筍を求めて遠くから来て通りかかった人も、そこに気づいた。年月を経てお客さんの数も増え、常連さんも増えた。今ではたくさんの人が、近くから遠くから、一年分の話を携えてやって来る。そしてまた次の一年の健康と、一年後に再び会えることを願って別れる。忙しい筍の季節、この出会いが、橋田夫人の元気のもとだ。「利益ということと関係なく、人と人とが一年に一回、また元気でよかったねとか、とてもいいことだと思います。人とのつながりというのはとてもいいことです。人の付き合いということを本当に大事にしています」義母が小さな店を始めたときのことを懐かしく思い返しながら、それがこんなふうに花開いたことを考えて、驚くような気持ちになる。「人間て、生きていくうえで、そういうちょっとしたことが、どうなっていくわからないということです」

筆者紹介

プレイリー・スチュアート・ウルフ

料理が大好きな、文筆家、写真家。2007年に来日し、すぐに日本の食文化の深さと美しさに気づく。日本の食の素材、考え方、そして実践を生活の中で見つめるブログ「Cultivated Days(日々を耕す)」を記し続けている。

https://cultivateddays.co