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エッセイ:プレイリー・スチュアート・ウルフ

酒セッション 酒セッション

酒セッション

一年の中でもいちばん寒い数か月、杜氏には休みがない。蔵で熟成する酒を見守るために、人々が寝ている時間に起きだす。深い夜のさなか、醸造所への道を往復しながら、行待佳樹は冬の空を見上げる。星が明るく、くっきりと近くに見える。「星を見ると悩みがなくなります」夜の空は彼にとっては親しいものだが、遠くからの来訪者にとっては貴重な眺めだ。彼は時間がある時にはカメラを天に向けて、星座を記録する。

行待は醸造所の前に広がる田んぼを指差し、春の田植えのときにはここは大きな湖のようだと語る。彼は丹後半島の西側に抱かれた、ここ竹野に生まれ、ここ以外で暮らすことは考えたことがない。ときには用事があって都会に出るが、すぐにいやになってしまう。雪を頂いた山あいの、北は日本海に伸びるこの谷に、安らぎと満足を感じている。

行待は2009年に、弱冠25歳で杜氏という責務を受け継いだ。家族経営の小さな酒蔵の将来を考えると、他とは違う酒をつくらなければならない。今までに飲んだことがないような酒が作りたい。「オリジナルのものが出来上がればいいな」そう言う彼は、すでにかなりの種類の酒を味わってみていた。そして彼が見つけた答えは、地元の農家と組んで、酒には使われてこなかった在来種の米を復活させることだった。「うちの酒の米を作る農家さんは、みな近くに住んでいます」米を育てることに、彼が酒に対するのと同じくらい情熱をもち、研究熱心だという。行待は夏、青く重く実った田んぼを訪れ、彼らから自分の
酒のいちばん重要な素材について多くを学ぶ。そして秋の終わりになって磨かれた米が蔵に届くと、その来し方を考える。飽くことのない好奇心をもって、彼はその米を一連の個性的な酒に醸す。そこには丹後のテロワール、農家の人々の情熱、そして新しい味への彼自身の追求が表現されている。

醸造の季節は長く厳しい。だから暖かくなって蔵が静かになると、行待はその機会を逃さず、醸造所に隣接する「バー362+3」でくつろぐ。そこで彼は脚付きのグラスで酒のテイスティングを提供している。部屋の中のレコードプレイヤーやバーの後ろのキャビネット、酒器のコレクションなどを指し示しながら、彼は言う。「すべて友人たちがつくったものです。置いてあるものも大体ほとんど。なんでここにこれがあるのか、ひとつひとつ理由がある。そういうものは僕はすごい嬉しいし、その中でお酒を提供できるのが嬉しいです
ね。ありがたいですね」

バーカウンターに乗っているレコードの山も、最近友人から受け継いだ。行待はビル・エヴァンズのアルバムをカバーから取り出し、静かに針を落とす。ここでレコードをかけ、豊富に酒を用意し、友人や取引先とたくさんの時間を過ごす。彼はジャズを聴いて育ち、今も、特にライブ録音を愛している。「ライブだとそこの空気が伝わってくるというか、みんなが楽しんでいる雰囲気がいっしょに入っているんで、すごく楽しい気持ちになりますね」そして彼の頭はすぐに、彼が愛する酒へと戻る。「酒も、ま、すごいしんどいときもあるんです。でもやっぱり楽しんでつくらないといけないな、と。そういう感情が入るんじゃないかと思う」

行待にとって、蔵は彼の楽器で、酒が彼の歌だ。仕込みの季節が来るたびに彼はいつもの曲を奏でながら、今までにやったことのないコード進行や新しいフレーズを探している。「まだ飲んだことがない酒がいっぱいあるね。そういうものをつくり出して行くというのがね、いちばん面白いと思います。最終的には自分しかできないようなことをやるのが、いちばん面白い」

筆者紹介

プレイリー・スチュアート・ウルフ

料理が大好きな、文筆家、写真家。2007年に来日し、すぐに日本の食文化の深さと美しさに気づく。日本の食の素材、考え方、そして実践を生活の中で見つめるブログ「Cultivated Days(日々を耕す)」を記し続けている。

https://cultivateddays.co